文: 籔谷智恵 写真: 甲田和久
シャクッと齧るとジューシーで香り高く、スッキリした後味。爽快なセロリの味わいは、色つやの良い健やかな見た目にも表れているようです。
「栽培は野菜の身体をつくってやるイメージです。土づくりがしっかりできると、身体も強くなる」そう話すのは代表の鳥越耕輔さん。セロリは有機栽培が難しい品目で、有機栽培のセロリ自体とても珍しいものです。耕輔さんは約15年前に野菜が溶けてしまう「軟腐(なんぷ)病」に悩まされましたが、有機栽培の先達から植物性の堆肥を学んだことをきっかけに危機を脱してきました。
「軟腐病が出なくなって、さらに収穫量もぐんと上がったんです。土でそんな変わるかと思っちょったのが、体感したらもうトリコよね、 野菜って素直やなあと。土の消毒はしないので今も土中に軟腐病の原因菌はいるはずだけど、バランスが整うと発症しません」
病原菌と並ぶ農業の大敵、害虫にはその虫を好んで食べる天敵昆虫で対応するそう。セロリ畑の合間には、クレオメやパクチーなど天敵昆虫の生息域になる植物が植えられています。
菌由来の病気は土づくりで、虫は天敵昆虫で対応する。手をかけることで、自然の力を最大限に生かす。えぐみがなく瑞々しい味わいのセロリは、手間を惜しまない丹念な農法から生まれているのです。
栽培が軌道に乗るまでは大変でしたが、窮地に陥ったときには鳥越ネットワークが築いてきた人の繋がりに助けられてきたといいます。「作業が終わらない、儲からない、いつもハウスで泣きよったよ。ちょうどラジオから泣かせる音楽が流れてきてさあ。野菜って地面にあるから、農家はどうしても下見てしまう。それで孤立していってしまう。そういう時に、農家同士の酒飲める繋がりがあるだけで違うんよね。なかには事業的に大成功してる人もいる。顔上げて、見上げることも大事なんよ」
丁寧に育てられたセロリ収穫後の畑には、幼い葉を茂らせた株元の芯が残ります。それらは通常は全て廃棄され、8棟全てのハウスを合算すると膨大な量になるそう。
廃棄予定の幼葉を食べさせてもらうと、予想以上に「おいしい!」
芯は新しい茎と葉を伸ばす成長点になる部分です。だからなのか、口の中に広がるふくよかな芳香に加えて、「うまみ」に似た食味を感じました。セロリのおいしさを凝縮したような、豊かな芳香とうまみのハーモニー。大切に育てられた野菜の一部を廃棄してしまうのはもったいない、だけでなく、この個性的な味わいを楽しんで食べてもらえたら。
そこで、らでぃっしゅぼーやではこの芯と幼葉をつかって、「ふぞろいセロリの野菜だし」を開発。今回の製造(2022年春)で、廃棄予定だった250kgを原料レスキューすることができました。この日は持参した野菜だしをお二人にも試食していただくことに。
「おいしい。ちゃんとセロリの香りがしとおね。二日酔いの朝にも最高」とお酒好きの耕輔さん。お父様の和廣さんは「前からこんなものをつくりたいと思ってたの」と野菜だしの開発をとても喜んでくださいました。
「戦後60年、野菜の値段はほとんど変わってないのに、農業資材、機材、人件費、ガソリン代、運送料…コストは全部右肩上がり。それじゃあほとんど利益はのこらないのよ」
そうしたなか、長らく廃棄になる部位を商品にかえる工夫を凝らしてきたといいます。
現在の流通構造のなかでは、農家さんに野菜づくりのプロであるだけでなく、加工品づくりのプロであることも求めてしまっていると痛感。そこで商品企画や加工品開発など、らでぃっしゅぼーやならではの得意分野を全うする意義を強く実感しました。
もうひとつ、出荷作業に立ち会って知ったのは、出荷の袋詰め時に生じる廃棄でした。
茎の端をカットして綺麗に整え、袋に収まりきらない葉先もカット。それらは「綺麗に整えたセロリ」の副産物として、作業台の脇に置いてある大きなケースにどんどん放り込まれていきます。ある程度まとまった量のセロリを出荷する段階になると、軽トラ1杯分もの量になるそう。
お金にならないどころか、廃棄のために運ぶ手間と時間とガソリン、焼却のためのエネルギーが費やされています。いつかこの「端っこ」を全部、セロリとして売ることができたら。現場にうかがうことで、次なる課題が見えてきました。
鳥越ネットワークでは現在、これらの端っこを使った「ジェノベーゼ」を開発中とのこと。試食させていただくと、これがまた爽やかで香り高く「おいしい!」。このジェノベーゼも、今後発売できるよう準備を進めています。(発売時期未定)
食材が持つ真の価値を届け、作る人も、食べる人も、笑顔にする。
それが私たち、らでぃっしゅぼーやの仕事の原点です。原点に立ち返らせてくれた鳥越さん親子に、心から感謝したい福岡県田川郡・赤村の取材でした。
※今後、時期によって鳥越ネットワーク以外の産地のセロリを原料としてレスキューする可能性もございます。
元プロボクサーという異色の経歴の持ち主。ボクシングで培われた忍耐力を強みに、セロリを主にした野菜栽培のほか、九州一円の想いを共有する農園とネットワークを結び、課題解決型の農業経営に取り組んでいる。
子どもに誇れる農業をと、約40年前に有機栽培を開始。はじめは地域の反発を受けながら行商での販売を続け、仲間を増やしながら独自流通を開拓。現在は会長として経営や地域に関わるさまざまな取り組みを支える。