宮城県・高橋徳治商店

宮城県・高橋徳治商店


震災後を生きる土地で支え合い、社会を問う

ものづくりを通じて
あかりっこ」をともして

世界三大漁場の一つ、三陸沖の魚が水揚げされる宮城県石巻市。高橋徳治商店は余計な添加物を使わない魚のおいしさを最大限に生かした練り製品づくりを約半世紀続けてきました。12年前の東日本大震災で被害が甚大だった石巻。社会的課題先進地でもあるこの地から心で味わうおいしさとメッセージを届けたい。仕事を通じて人の生き方、会社のあり様と社会を問う高橋徳治商店のものづくりについてお話をうかがいました。

素材がよろこぶ奥深いおいしさを

 素材のうまみがたっぷり感じられ汁まで飲み干したくなる「おでん種」。口の中でほどけるやさしい甘さに顔がほころぶ「おとうふ揚げ」。高橋徳治商店の練り物は食べるとほっと温かな気持ちになります。「すり身の魚たち、豆腐、野菜…それぞれの素材が喜ぶようにしたいんです」と話すのは代表の高橋英雄さん。「素材同士が引き立て合って奥深い自然なおいしさが引き出されるように、全ての商品に味わいに関する〈設計図〉があります。ただ自然の素材は季節や産地によって全て違うから決まった方程式は描けない。その日の素材をどうおいしさのピークにもっていけるか、特に震災後3000日、毎日が試行錯誤です」。

 高橋徳治商店では、国産原料にこだわり、一般的な加工食品によく使われている「リン酸塩」を使いません。増量剤や保存料もうま味調味料も不使用。はんぺんなど茹でるのが一般的なものも丁寧に蒸して、素材のうまみを凝縮させる手間を惜しみません。「添加物を使うのはカサ増しして原料費を下げることが一番の目的だと思います。一番安い増量剤は水で、カサ増しすると味が薄くなるからうま味調味料を加えて、保存性が悪くなるから保存料を、弾力がなくなるから弾力増強剤が必要…となっていく。ただ大事なことは『添加物を使わない』ことじゃなくて『素材のおいしさを引き出すものづくり』をすること。無添加は目的じゃなくてあくまでも手段なんです」

はんぺんを蒸す蒸し器。おいしそうな湯気があがる

新設された石巻漁港は全長875.47m、世界一長い漁港に

おとうふ揚げ

転機になった震災。食べ物を心で味わえたら

 おとうふ揚げ、はんぺんなど、多くの商品の土台になるのは北海道産すけそうだらのすり身。もともと高橋徳治商店ではすり身も自社製造していましたが、被災後は稚内で製造されたものを仕入れています。「以前から石巻で原料が足りなくなった時にお願いしていたすり身工場へ行き、私の技術をもって工場長や職人と徹底的に議論、うちが求めるものを伝えました。そうして震災後、2011年10月1日にはじめてつくったのがおとうふ揚げでした。火入れ式と銘打って、新聞もテレビも取材に来てくれて。苦労の連続だった復興作業のなか手探りで最善を尽くした。でも僕はその日の味に納得いきませんでした。レシピは流されたものの震災前のおいしさには戻った、しかし応援してくれるたくさんの人がいるなかで、私たちは震災前を超えるものづくりを求めていかなければいけないと思ったんです。ものづくりをするなかで製品にメッセージを込めることはできないか? もっと心にしみて、深く届く食品はできないか、今も手探りで考え続けています」

すり身は石臼で丁寧に練り上げられていきます

高橋徳治商店代表取締役・高橋英雄さん

「灯っこ」をともす。
震災で問いなおした事業の意義

下請けから胸を張れる練物屋へ

 高橋徳治商店の創業は1905年。50年前3代目の英雄さんが継いだ当時は売り上げの約半分を大手の下請けの仕事が占めていました。「無理な価格設定のために増量剤などの添加物を使う日々でした。納期も厳しくて残業が立て込んでいたある日、機械に指を巻き込まれてしまって。下請けを辞める決断をしました」。営業活動で何度も関東に通うなかで徐々に理解ある取引先や学校給食栄養士に出会い、添加物に対する学びを深めていったと言います。野菜嫌いの子どもたちのためにつくったキャベツたっぷりのお好み揚げが埼玉県の給食で大々的に展開されたこともありました。苦労しながらも順調に歩んできたものづくり人生。東日本大震災が起きた時、英雄さんは60歳になっていました。「そこで改めて会社や自分の存在意義を深く問いました。無添加のものづくりに邁進してきたけれど、それは誰かを幸せにしてきたんだろうかと」

「お魚なぎょっと」の原料になるカナガシラ。おいしいにもかかわらず可食部が少ないなどの理由で未利用魚になりやすいものも、高橋徳治商店ではしっかり活用して製品化しています

ひきこもりの若者と出会い就労支援の場を新設

 被災地のなかでも被害の大きかった石巻。避難所では大変な状況のなか悩みを共有しながら自律的に課題を解決していく環境が生じていたと言います。「ただそれは幼い子どもたちに、いい子にしていなければと我慢を強いる環境でもありました。泣きたい、ダダをこねたい、甘えたい盛りに甘えられなかったことが後々に不登校や転校先でいじめを受けることにつながり、ひきこもりという社会的孤立につながる被災地の現実もありました。もちろん全員ではないけれど、被災とひきこもりは関係していた。私はNPOを通した自社での就労体験受け入れを通じて、ひきこもりの若者たちと初めて出会いました」。そして英雄さんは思い切った新事業に踏み切ります。高台へ新設した練り物工場の隣に野菜加工工場を建設、野菜加工事業を新たに始めたのです。「全く新しい分野の挑戦で勝算なんて何もなかった。しかも作業するのは引きこもりの若者。彼らが背筋を伸ばし笑顔になる就労と居場所をつくりたかったんです」

多くの練り物製品に使われる、すけそうだらのすり身

風力発電機。非常時には地域に電気を配電できるようになっています

高台に新設された練り物加工工場

隣に建つ野菜加工工場

人から人へ
「灯っこ」がともっていく

「はじめは温かいさつまあげをあげても全くの無反応だった子が、何回か通ううちにニコッと笑って。その瞬間に私自身がすごく元気をもらいました。はじめは就労支援と思っていましたが『支援』じゃない。震災で家族を亡くした人がいる、私にも抱えているものがある、誰もがつらさを抱え、弱さを持っているなかで『支え合う』ことかなぁと今は思います。この土地に『灯っこをともす』ことが私たちの存在意義。10年ひきこもり居場所のなかった家を出て外に働きに出る、近所でおはようって挨拶する、加工場で無理にでも笑顔で挨拶するとそこは居場所になる、するとそこに小さな灯が次々ともるんです。野菜の生産者が見学に来て自分たちの野菜が果たしている役割を知って、より良いものをつくろうって話してくれたこともある。それってその人にも灯っこがついたんだよね」

 もうひとつ、事業の芯には「自分や社会への違和感がある」と英雄さん。「生産性や効率が最重要視されるのが今の常識ですよね。経営にはそれらが必要だけれど、想いの軸も必要です。弱いものの視点から社会を見るこの事業は、今の世の中にとってものすごく大切な意味があると思っています。生きづらさを抱えた弱い者の視点は素敵な未来をつくるはずだと、今も勉強中です」

上/あたためるだけ ジューシーお魚ぎょっと
下/すり身ふわふわ おとうふ揚げ

ソフトはんぺん

出汁の旨みが自慢! 贅沢おでんセット

宮城県東松島市 株式会社マルト高橋徳治商店
代表取締役 高橋英雄さん

原料から調味料まで余計な添加物を使わず素材のおいしさを最大限に引き出す製法でおでん種やおとうふ揚げなどの水産練り製品、冷凍食品を製造。東日本大震災の被災後は工場を高台に新設し、居場所のない若者の就労の場としての野菜加工事業も開始。ものづくりを通じて心ある幸せな社会のあり方を模索しています。

持続可能な農業のカタチ


「居場所をつくる真摯な仕事」

物のなかに入るとふわっと香る木の匂い。野菜加工工場の事務所内装は南三陸町の間伐材がふんだんに使われ、裸足で過ごせる心地よい空間になっています。「ここが職場であり居場所でもあるように」と話すのは取締役で総務部長の高橋利彰さんです。「野菜工場ができて2023年で5年目になります。通い始めた当初は1日6人がかりでレモンをみかん箱一つ分くらいしか処理できなかったのが、今は800kgまでできるようになりました。初期メンバーのなかには今では正社員として働いている人もいます」。この日作業されていたのは茄子のカット加工。工場内では塩素ではなく微酸性電解水を使うなど、ものづくりに関するこだわりも随所に見られました。良いものをつくろうと日々工夫を重ね、作業が早い人も遅い人も相手を思い、連携して作業することが、深い思いやりや自信に、笑顔にもつながっていく。素材の声を聞き素材の味わいを引き立てるものづくりを続けてきた高橋徳治商店の姿勢は、人と人が信頼し合える場づくりにも通じているように感じました。

温かみのある事務所

イメージ画像

決まりごとはイラストでわかりすく説明

取締役/総務部長・高橋利彰さん

GO TO TOP