熊本県・水の子会

熊本県・水の子会


栽培から製品化までを担う希少な日本の産地で

暁の水田からはじまるものづくりのリレー

八代海(不知火海)に面した干拓地が広がる熊本県八代郡。塩害に強い作物である「い草」の栽培が盛んになり、一大産地として様々な加工技術が集積してきました。水の子会は時代の変化における逆境をきっかけにい草製品の企画・製造をはじめた農業グループです。水の子会の上村さん親子が案内してくださったのは早朝の水田から加工工場までの様々な場所。そこには現代において希少になった、原料栽培から製品化までのものづくりの全体がありました。

い草の品質を保つ未明の刈り取り作業

 夜明け前の水田で、ハーベスターが順々にい草を刈り上げていきます。高い湿度、草いきれの匂い。だんだんと明けてゆく空の下で、い草から滴る水滴が朝日にきらきらと光ります。「い草はカラッとした晴れが苦手。だから日が昇りきる前に刈り取るんですよ」。教えてくれるのはい草農家の林田昌明さん。い草の収穫期は湿度の高い6月後半から7月にかけて。だいたい一月ほど未明からの収穫作業が続きます。

 い草の中にはスポンジ状の組織が詰まっています。それが独特の弾力と、化学物質を吸着する(※)など、い草ならではの特長を生み出しているのだそう。良いい草とは、色つやとスポンジの状態が良いもの、とのこと。その良さを損なわないためには早朝に作業する必要があるのです。「収穫後は一年かけて製品化。そこまでしてやっと収入になるんよ。田んぼのほうは一旦米を植えて、い草の田植えは11月頃。休まることはないよ」

※い草の機能性に関する北九州市立大学国際環境工学部森田洋教授の研究

い草の品質を保つ未明の刈り取り作業
い草農家の林田昌明さん

い草農家の林田昌明さん。い草は水田で栽培する植物です。い草専用のハーベスターで日が昇りきる前に刈り取りを終えます

「灯芯部」というスポンジ状の組織

い草の中に詰まっている「灯芯部」というスポンジ状の組織

『い草を八代に残さんといかん』

 水の子会は熊本・八代郡の有機農産物農家の団体です。柑橘類やれんこんなどの農作物を栽培しながら、地元のい草農家とともに、い草を使った商品づくりを行っています。「私は胎児性水俣病の子どもたちとの出会いから、自分なりの農業の道に入りました。もとはい草はやってなかったんです」と話すのは、水の子会の会長上村茂則さんです。「い草はいっときは〝青いダイヤ〟と呼ばれ、つくればつくるだけ売れる八代の中心的産業でした。それが平成に入ってから輸入製品におされたのと、畳敷の和室の需要が減ったことから大暴落が起きて。基幹産業の衰退が地域にもたらしたダメージは大きく、悲しいこともたくさん起きました。それで私は『い草を八代に残さんといかん』と奮起して、い草を扱いはじめたんです。畳表以外にも暮らしのなかで使える商品開発をやっていこうと。畳に座っているとなんともいえず落ち着くでしょう。私はい草を日本の宝だと思っているんですよ」

い草の水田がある八代海に面した干拓

い草の水田があるのは八代海に面した干拓地。堤防を境に海と水田がそれぞれに広がります

水の子会の代表上村一宏さん

水の子会の代表上村一宏さん

水の子会の会長上村茂則さん

水の子会の会長上村茂則さん

自然素材の良さが生きるよう丁寧に

土と石のパウダーでほんのりお化粧

 続いて水の子会・上村一宏さんの案内で泥染めを行う小林さんの工場へ。収穫後のい草はシャワーですみずみまで水を行き渡らせてから、泥のプールにつけて表面をコーティングします。い草の束がゆっくりと泥につかって、また引き上げられていく様子は壮観。青々、ツヤツヤしていたい草はお馴染みの畳の色に変わりました。その後は数日かけてしっかり乾燥させます。

「い草は土壁と同じように、吸放湿性を持つ呼吸する素材です。ただそのままだと表面の油分で草同士がひっついて蒸れるので、土のパウダーで覆うんです。うまくコーティングされていれば劣化も遅いんですよ。それを完全に変色しないようにと合成塗料で塗り固めてしまうと、呼吸ができなくなってい草の良さが失われてしまいます」

 泥は陶器をつくる土と磁器をつくる石の粉をミックスしたものなのだそう。畳には土や石の素材の力も生きているんですね。

い草農家3代目の小林満雄さん

い草農家3代目の小林満雄さん

1.シャワーですみずみまで水を行き渡らせます

シャワーですみずみまで水を行き渡らせます

2.い草を丸ごと泥のプールへ

い草を丸ごと泥のプールへ

3.全体をしっかりつからせます

全体をしっかりつからせます

4.引き上げられたい草はお化粧されて畳の色に乾燥室で風をあててしっかり乾燥

引き上げられたい草はお化粧されて畳の色に乾燥室で風をあててしっかり乾燥

5.乾燥させたい草を回収。粉が舞うなかでの重労働です

乾燥させたい草を回収。粉が舞うなかでの重労働です

畳表はい草を使った織物

 乾燥を終えたい草は、いよいよ「織る」工程を経て製品になります。酒井さんはい草の生産者としても商品の企画・製作者としても水の子会を支えてきました。「もとはサラリーマンで機械関係の仕事をしていたんですが、独立して自分でやるほうが向いているみたいで。金儲けのために働くのは好きじゃない。い草の栽培も商品開発も、楽しみながらやっています。農家もエンジニアみたいなものだと思いますよ」。元エンジニアならではの独自設備を多く持っている酒井さん。織り機が不調なときは自分で直すこともできるのだそうです。

 工房では鉄の塊のような重厚感のある織り機が、ガシャーンガシャーンと畳を織り上げていきます。畳表は、木綿糸ないし麻糸を縦糸に、い草を横糸に織っていく織物なのです。織り機の動きには趣と温かみがあり、織り上がっていく様子をつい見続けてしまいました。

酒井泰四郎さん

酒井泰四郎さん

シャトルが行き来するたびに織り上がっていく畳表

シャトルが行き来するたびに織り上がっていく畳表

真摯なものづくりは社会にとって大切

 畳表はヘリをつければ「ござ」になります。「ござ」のヘリを縫うのは坂田さん。宮村さんの工場では市松模様の畳表を織っています。野口さんの工場では、巨大なジャカード織機が斜めの文様を織り上げていました。

 い草の栽培から、泥染めと乾燥の加工、製織しての製品化まで、八代にはい草生産にまつわる全ての仕事が集積しています。「い草産業は八代にとってだけじゃなく、今を生きる人皆にとって大切なものだと思うからなくしたくないんです」と話す上村会長。現代において、食品以外では特に、原料から最終製品までが同じ土地でつくられ、どこで誰がつくったのかわかるものはとても少なくなりました。その営みが、八代では今も続けられています。

縫製工場を営む坂田辰丸さん

縫製工場を営む坂田辰丸さん。い草が製品になるまでには、ヘリを縫うなどの加工も必要です

市松模様を織る宮村周一さん

市松模様を織る宮村周一さん。「網代(あじろ)」という織りの組織から市松模様が生まれます

野口貴史さんと秋義さん

野口貴史さん(左)と秋義さん(右)。斜めの模様を織るにはジャカード織機を使います。織り機の迫力!

市松模様
斜めの文様

熊本県八代郡 水の子会 
取締役会長上村茂則さん・代表取締役上村一宏さん

「人と環境への優しさ」を大切に有機農産物を栽培しているグループ。桜たまねぎを始めとする露地野菜、温州みかんなどの柑橘類、レンコン、い草などを栽培・生産・販売しています。“水の子”という名前には、日頃忘れがちな水の恩恵に感謝し、大切にしていこうという想いが込められています。

い草で現代の住空間を心地よく


 い草には水分を吸着・放出する性質があります。スポンジ状の内部組織がホルムアルデヒドなどの化学物質を吸着。さらに近年はい草の香り成分に、ヒトの血栓溶解機能を高める効果があることも発見されました(※)。

 水の子会では住空間が変化するなかで、ラグやござ、置き畳に草履、カーシートや枕カバー、アロマポプリとして室内に飾るい草等、現代の生活環境でも手軽に使える商品開発を行ってきました。ただ昨今はい草の農家も工房の職人も高齢化。産地の規模は最盛期の10分の1になるなかで、商品ラインナップも縮小傾向にあります。

 そんななかでも定番商品としてつくり続けられているのがラグとござです。吸放湿機能のあるい草は高温多湿な日本の夏を心地よく過ごすのに適した素材。フローリングに敷いてさらりとした感触を裸足で楽しめば、電化製品の消費電力を少し減らせるかもしれません。貴重な日本の技と暮らしの知恵。心地よく使うことで、未来に繋げていきたいですね。

※倉敷芸術科学大学須見洋行名誉教授(在職時生命科学科所属)らによる研究

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