石川県・金沢大地

石川県・金沢大地


千年産業を目指して生物多様性に資する農業を

コウノトリからぬか床まで
いのちの声に耳を澄ませて

有機栽培農家としては日本最大規模である金沢大地の農地は、石川県金沢市郊外の河北潟干拓地を中心に、奥能登地区、能登半島の先端・珠州市にまで広がっています。その圃場では近年、生物多様性の象徴であるコウノトリが巣をつくり、虫やカエルなど豊かな生き物を餌に雛を育てる姿が見られるようになりました。金沢大地が製造・販売する加工食品のなかでも人気のぬか床づくりを見学しながら、金沢から日本全域へ広げていく、これからの有機農業の展望を伺いました。

コウノトリに選ばれたことが嬉しい

 鳥や虫の声が賑やかな金沢大地の圃場で、2022年にコウノトリの営巣が確認されました。2023年には石川県加賀地方で半世紀ぶりとなる雛がかえり、今も元気に育っています。「コウノトリに選んでもらったことがほんとうに嬉しくて」とにこやかに笑うのは金沢大地の代表、井村辰二郎さん。

 コウノトリは生態系の頂点にいる鳥ですが、日本では1971年の目撃を最後に絶滅。現在は人工飼育されたコウノトリが野外に放鳥され、野生羽数が少しずつ増えてきています。絶滅の理由のひとつは、農薬の使用で田畑の生き物が減り、餌がなくなってしまったこと(※)。コウノトリの存在は、生物多様性の象徴でもあるのです。

環境省「みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性」内「コウノトリの野生復帰とコウノトリ育む農法」より

「有機農業をはじめて約25年、再生した自然に時間の重みを実感しています。らでぃっしゅぼーやのお客さんが私たちの商品を買ってくださるから有機栽培ができて、生物多様性が生まれて、コウノトリの餌になる。彼らの餌を供給しているスポンサーはお客さんである皆さんなんですよ」

コウノトリの安全な営巣のための人工巣塔

コウノトリの安全な営巣のための人工巣塔。高さは約10m、まわりには遮るものがありません

金沢大地の畑

コウノトリの餌になる生き物が多く生息する金沢大地の畑

コウノトリ

コウノトリは両翼を広げると2mにもなる大型の鳥です

ぬか床が奏でる美しいハーモニー

 金沢大地は河北潟干拓地や能登半島の広大な大地で有機栽培の米や麦を育て、味噌や醤油などの加工品も自社で企画・製造しています。丁寧に育てたもの全てを無駄にしたくないと、精米時の副産物である糠も「ぬか床」として商品化してきました。

 ぬか床づくりは糠に食塩水と捨て漬け野菜を混ぜ込む仕込みの後、約25℃の温度下で熟成。週に3回天地返しを行うこと4~5週間、野菜を入れればぬか漬けができる人気商品「わたしのぬか床」ができあがります。

「同じタイミングで生まれているはずなのに、樽ごとに発酵の速度が違う。菌にも個性があるんです」。そう話すのはぬか床づくりを担当する前河竜志さん。おいしさの秘密は、しっかりと完熟の状態まで発酵させきること。「そうでないと物足りない味になります。完熟しきったものからは夜明けのような清々しい音楽が聴こえ、それを感じ取るのは素晴らしい作業です。また長年ぬか床を世話してきて、菌には作業する人の心も影響するように感じるので、感謝を忘れず穏やかな気持ちでいることを心がけています」。

しっとりとした質感が心地よいぬか床

しっとりとした質感が心地よいぬか床。味はもちろん、触感や香りなど、五感を使ってぬか漬けづくりを楽しんでみてください

天地返し

樽を移し替えることで天地返しを行います

前河さん

「ぬか漬けが大好き」という前河さん

人が生きるのに心地よい環境を

農業の持続可能性とは消費者とのつながり

 コウノトリ、無数の鳥や虫の気配、ぬか床にいる微生物。たくさんのいのちに接すると身体が歓ぶのを感じます。「有機農業をはじめた理由には幼少期の体験が影響している」と井村さん。「僕が生まれたのは高度経済成長期の化学合成農薬や化学肥料が普及しだした頃。生き物が大好きだった僕が目にしたのは、激変する自然環境でした」。農学部を卒業して広告代理店に勤務した後、1997年に農家を継ぐかたちで起業。「農業ほど持続可能な産業はない」と、有機栽培への転換、耕作放棄地の開拓、加工食品の製造・販売を新たにはじめます。当時はまだ有機小麦や有機大豆のマーケットがなかった時代。井村さんは寝る間も惜しんで売り方を考え、マーケット自体を創造してきました。

「農業の持続可能性とは『消費者とのつながり』です。つくっても買ってくださる方がいないと続かない。食べてくださる方にほんとうに感謝なんです」

「何事も夢を持つことからはじまるんです」

自社素材でつくる加工品

自社素材でつくる加工品の数々

高い目標を掲げて必要なことを逆算する

 井村さんは農林水産省の『みどりの食料システム戦略』策定にも専門家として関わってきました。そこでは現在日本で約0.5%の有機栽培の面積比率を2050年までに25%にする数値目標が掲げられていますが、実際のところ可能なのでしょうか?

「無理だと思ってしまったら何も動きません。目標を掲げて何が必要か考えていくんです。私は到達すると真面目に思っていますよ。未来のお客さんは環境問題をごく普通に学んでいる今の子どもたち。30年もあれば社会は大きく変化するでしょう。すでに、これまで便利さ優先で捨ててきた先人の叡智を見直す時代になっています。水田の涵養力、森林の保水力、DNAに組み込まれていると感じる農や土の魅力。物事はつながっていて、それこそ『環境』なんです。人が生きていくのに良い環境を考えると、できるだけ農薬は使わないほうがいい、そうなっていくと思います」

金沢大地の水田

除草剤を使わない金沢大地の水田。生分解性の高い紙マルチで雑草の繁茂を抑えます

ぬか床

ぬか床にはどれだけの微生物がいるのか…。数を考えると気が遠くなります

夕焼け空とコウノトリ

夕焼け空とコウノトリ

2050年までにめざす有機農業の取組面積

はじめに大切なのは豊かに夢を描く力

 農業を営みながら、金沢の中心部ではワイナリーとフレンチレストランを運営する井村さん。理想の実現には夢を描く力が大切だといいます。

「50代になったときに友人たちに『まだ叶えていない夢があるだろう』とせっつかれて(笑)。お酒造りを事業計画に落とし込んだらいつのまにか実現していました。学校の授業でも子どもたちにするのは夢の話。アポロ計画で一番はじめに必要だったのは『月に行きたい』という突拍子のない夢です。叶うかどうかはわからないけれど、夢を持たなければ何もはじまりません。今の夢は農業の生産性を上げて、これまでの集大成としての方法論を確立すること。そうして有機栽培をもっと身近に普及させていきたいですね」

石川県金沢市 金沢大地
代表取締役 井村 辰二郎さん

「千年産業を目指して」を理念に、有機栽培農家としては日本最大規模の広大な農地(約180ha)で、米、大麦、小麦、大豆、蕎麦、野菜、ブドウなどを栽培。自社農産物を主原料とする加工食品の企画・製造・販売も行い、金沢市中心部の金澤町家ではワイナリーと地産地消のフレンチレストランを運営しています。

「わたしのぬか床」で
ぬか漬けを楽しもう

定番のキュウリ、人参、茄子などのほか、茹でたけのこやパプリカもおすすめ

パプリカを漬けるとぬか床がフルーティーに

ゴボウなどアクの出るものは一度ゆがいて

漬かり過ぎたものは刻んでごま油で炒めて薬味に

こんな時は要注意

●シンナー臭がする●白い膜が発生している

つくりかたと詳しいトラブルQ&Aは「わたしのぬか床」同封の説明書をチェック

イメージ画像
イメージ画像

持続可能な農業のカタチ


「有機農業の輪を日本中へ」

 有機大豆や有機小麦の流通マーケットを創造し、加工品製造による農業の六次産業化に積極的に取り組んできた井村さん。2021年にはさらなるオーガニック市場の成長を目指し、「ローカル・オーガニック・ジャパン(LOJ)」ブランドの展開をはじめました。

 LOJはプレオーガニック(転換期間中有機農産物)を含む国産有機原料を使用した国産オーガニックブランド。有機栽培を開始してから有機JAS認証を受けるまでの「転換期間中有機農産物」を買い支え、有機JAS認証の取得もサポート。流通業者や加工メーカーと生産者を結びつける役割も担い、有機農業への新規参入を応援します。

「有機大豆や有機小麦をつくりたいけれどどうしたらいいか、という人を支えるのがこのプロジェクトです。さらに生産性を上げて、オーガニックを消費者にとって身近にしながら、原料生産だけで農家が成り立つようにもしていきたい。そうしてどんどん、日本のオーガニックを盛り上げていきたいと思います」

イメージ画像

「金沢の大地からオーガニックの輪を日本中へ」

イメージ画像
GO TO TOP