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命を育む
海の森「藻場」

海の生き物たちの大切な生育環境である海の森「藻場」。その藻場が衰退する「磯焼け」という現象が全国的に問題になっています。要因のひとつとされるのは海藻を食べる魚、「アイゴ」などの植食性魚類です。ならばアイゴをおいしく食べて、藻場を回復させよう! らでぃっしゅぼーやと一緒にアイゴを使った商品づくりに取り組む大分県佐伯市の海産物問屋「やまろ渡邉」さんを訪ね、アイゴを巡る取り組みや地域への想いについてお話をうかがいました。

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海の中でも森は大切

 海の中にも森があることをご存知ですか?「藻場」とは、沿岸の浅海域において海藻や海草が生い茂る場所、あるいはそれらの群落や生物群のこと。藻場は海の生き物たちの産卵場所、稚魚の生育場所、餌場など、重要な役割を果たしており、近年はCO2の固定先となるブルーカーボン(海洋生物によって隔離・貯蓄される炭素)としての役割も期待されています。

「磯焼け」とは、藻場が衰退して砂漠化した状態が続くこと。藻場が失われてしまうと、海の生き物たちが育つ環境も失われ、漁業にも大きく影響します。海の中でも森は重要な役割を負っているのです。

海中からみた藻場

海中からみた藻場

海のベジタリアン“アイゴ”

磯焼けの要因となる植食性魚類

 磯焼けの要因として近年複雑に影響しているとされるのが地球規模の温暖化です。高水温等による海藻の衰退だけでなく、魚介類の分布域が変化。海藻を食べるウニやアイゴ、ブダイ、イスズミ等、熱帯・亜熱帯に起源を持つ「植食性魚類」の存在感が増してきました。アイゴの摂餌量は26℃~29℃の水温で増え、低水温では減るという実験結果も報告されています(※1)。磯焼けには様々な要因が関係しあっていますが、環境の変化のなかで、藻場の回復力と海藻を食べる植食動物の食圧とのバランスが崩れていることは、大きな要因のひとつと考えられています。

海

透き通ったきれいな海ですが、「以前は岩肌が見えず海藻が茂って黒々としていた」と渡邉さん

全国的な藻場の衰退についての資料

※1 ※2 出典:水産庁「第3版磯焼け対策ガイドライン」本文作成にあたっても参照。

アイゴを食べて海の森を育もう

 大分県の佐伯市は寒流と暖流が交わる日本有数の漁場、豊後水道の魚が水揚げされる漁業の町です。魚介だけでなく海藻類も豊富な漁場で、磯焼けに大きく影響しているのがアイゴでした。アイゴの群れが訪れると、育成に1ヶ月かかる20センチほどの養殖ひじきがロープ50本分、一晩にして食べ尽くされてしまうのです。植食性魚類、この場合はアイゴを捕獲すれば藻場の回復が見込めますが、アイゴはいくつかの理由から食べられてきませんでした。そこで先陣を切ってアイゴの食用加工を始めたのが、やまろ渡邉の渡邉正太郎会長です。

「アイゴは地元の人間からすると食べる魚じゃない、網にかかると漁師が嫌がる魚。それを食用として値段をつけて仕入れるようにしたら、たくさん獲ってくれるようになりました。ゴールは磯焼けが改善して、藻場が黒々茂ってきたね!となること。一発の企画で終わらせず、生産者の所得もあがっていくように、長期的な視野で展開したいと思っています」

養殖用の餌になっていたアイゴたち

養殖用の餌になっていたアイゴたち。小さいながら分厚い唇と門歯状に並んだ歯でかじりとるように海藻を食べる

加工技術があればおいしく食べられる

 アイゴが食用として一般的でない理由のひとつは、植食性ならではの磯臭さ。内臓が「グルグル」と呼ばれる渦巻き状になっていて、磯臭さが移らないよう切除するのが難しいのです。また各種ヒレに毒があり、刺さると1週間も痛み続けます。

「手袋をしてヒレを切って、丁寧に内臓をとって、表面のぬめりもとって。手間はかかりますが、『他で食べようとしても臭くて食べられなかったのに、これはおいしい!』と言っていただくことが多いです。技術さえあればおいしく食べられるんです」。やまろ渡邉がつくる「アイゴの一夜干し」は販売からわずか数ヶ月で、全国水産加工品総合品質審査会での受賞を果たしました。

 取材陣は渡邉さん馴染みの店でアイゴのソテーを食べさせてもらうことに。オリーブオイルと塩のみで味つけされたアイゴは、旨みのあるほんとうにおいしい白身魚でした。キュッとひきしまった身の弾力とすっきりした後味にするすると箸が進みます。加工の技術次第で、新しいおいしさに出会うことができる。食を巡る人の営みとは、創意工夫に満ちた奥深いものだとしみじみ思います。

熟練の技を持つ加工のプロたち

熟練の技を持つ加工のプロたち

出荷用商品

冷凍庫には出荷用商品がずらり

アイゴのソテー
アイゴ解説

私たちの仕事は〝価値創造業〟

 ものごとを見る座標軸の柔軟さが大事、と渡邉さん。「ほんとうは害魚や未利用魚なんてものはなくて、どう捉えるかは人間の価値観次第。我々の仕事は発想と創造性で新しい価値を生み出す『価値創造業』です。これまで食べられてこなかったアイゴのような魚も、おいしい!食べたい!に変えて、漁業継承の土壌を育み続ける。サバやサンマ等の多獲性魚種がいつまで獲れるかわからないなかで、輸入魚に頼ればいいとはしたくない。だから常に次を考えていかないと」。

 朝の市場では様々な人が渡邉さんに声をかけ、会話を交わしていきます。とにかく顔の広い渡邉さん、市長や知事のみならず水産庁や大日本水産会のトップともつながり、現場の実感を伝えているそうです。

「市中を知らなければ良い政策は生まれませんから」

 藻場を守りながら新しい価値を生み出すことは、地域での暮らしを守ることにも繋がっている。佐伯の街中では、漁業が町に活気をもたらしている、自然とともにある人の営みをとても豊かに感じました。

鶴見市場

東九州で一番大きい佐伯市の鶴見市場

らでぃっしゅぼーや水産担当の源河と渡邉会長

らでぃっしゅぼーや水産担当の源河(左)と渡邉会長(右)

それぞれに文化を紡ぎあって

 やまろ渡邉は明治41年から海産物問屋を営む老舗の水産加工メーカーです。3代目である正太郎さんは、生産者や地域だけでなく食べる人のことも強く想い、塩だけでつくる干物やうま味調味料を使わないすり身揚げなどのものづくりを続けてきました。「漂白剤を使ったほうがきれいだし、やまろの干物は足が早いと言われるけれど、孫や子どもが食べて後悔のないものがつくりたくて」。三女の由佳さんは次期社長として、海産物問屋の仕事を次世代に継ごうとしています。「父がとてもパワフルなのでプレッシャーもありますが(笑)。魚が生活の中にあたりまえにあって、おいしさで人を喜ばせるものでありつづけてほしい。そのためにできることを自分らしくやっていきたいと思います」。環境や社会が変化していくなかで、獲る人、つくる人、売る人、食べる人が協力しあい、食文化を紡いでいく。地域によっては昔からアイゴを食べてきた場所もあるそうです。藻場を想いながらアイゴを食べることは、新しい魚食文化をつくることにも繋がっています。

やまろ渡邉の後継者、渡邉由佳さん

やまろ渡邉の後継者、渡邉由佳さん

由佳さんの娘さんと姪のお子さん

由佳さんの娘さん(左)も姪のお子さん(右)も魚が大好きなのだそう
©penelope Co.,Ltd.

アイゴの一夜干し

アイゴの一夜干し。販売週は水揚げ状況次第のため未定ですが、カタログ・Webサイトでお見かけの際はぜひ食べて感想を教えてくださいね。

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